努力の過程にあるものを考える。
2022年2月11日(金)
おはようございます、マヨです。
雪、また降りましたねぇ…
慣れない雪道にツルツル…何度か転びかけました。。。
3連休ですが、コロナ感染者増加に伴い、自粛してねという空からの忠告なのかもしれませんね。
さて、昨日終了したオリンピックのフィギュアスケート男子。
日本勢が2~4位を占める結果にフィギュアファンでなくても感動しました。
鍵山選手と宇野選手の伸びしろと完成度は素晴らしいと感じると同時に、
羽生選手の最後まで挑戦し続けるという姿勢にすごく考えさせられました。
オリンピックの2大会連続金だった羽生選手に注目が集まってしまうことはプレッシャーだよなと思いながら、
やはり結果が気になり、何度も練習風景の映像を見ながら熱く応援してました。
そして本人はそれ以上の思いを募らせていったのだろうと思います。
演技後のコメントを聞きながら、こみ上げてくるものがありました。
「正直言っちゃうと努力って報われないなって思いました。」
(2/10の競技後のコメントにて)
そして、彼は過去にこうもいっています。
「スポーツはとても残酷だと思います。
一番努力した者が、必ず一番の結果を出せるものではありません。
しかし、努力しなければ、結果は決して残すことはできません」
(2014年8月、「上月スポーツ賞」表彰式でのスピーチより。
努力は裏切らない、努力は報われる。
そう教わっていた頃もありました。
そう伝えないと努力をしなくなるともいえるかもしれません。
けれど、人生長くなってくるとそれだけではないものに気づくときがあります。
私は高校時代がまさにそれでした。
そして自暴自棄になり、努力することから逃げてしまったとき、その先に見えるかもしれないものを見ることができなくなる…
そして彼はこうもいっています。
「努力はウソをつく。
でも、無駄にはならない。
『努力の正解』を見つけることが大切」
(2016年9月、「未来のヒーローへ贈るメッセージ」を尋ねられて)
報われなくても頑張った過程は決して無駄にはならない。
どういう形で無駄になるかはその人次第だと思いますが、私もそう思います。
オリンピックとスケールが違いすぎて、比較するものでもないかなと思いつつ…
羽生選手の姿を見た後に、娘のピアノの練習に付き添いながら思うことがありました。
長男にはない「負けん気」の強さがあります。
3歳10か月。平仮名が読めず数字のみの理解度ながら、ひたすら繰り返す姿に練習に付き添う側も熱くなりがちです…
が、彼女は決して諦めません。そして出来たとき、目をキラキラさせるんですよね。
やったらできるようになる、という達成感が自信になる。
そしてもっとやってみたいという原動力になる。
そんな過程を大事にしていきたい、そう強く思った日でした。
子どもだけではなく、社会人としての自分にもいえると感じています。
もっとこうしたかった…もっとこうすればよかった…そんな葛藤を次に活かすためにどうしたらよいか。
オリンピックという舞台と比べるものではないけれど、
一国民として、羽生選手に勇気をもらいました。
本当にお疲れ様でした。素敵な演技をありがとうございました。